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「いちょう並木」といえば、美しいシンメトリーを描く、明治神宮外苑・絵画館前の銀杏並木を思い浮かべます。日曜の朝、散りつつある明治神宮外苑の銀杏並木から、東京大学本郷キャンパス正門の銀杏並木を歩きながら、ふたつの銀杏並木のことなど、無学鈍感な頭で雑然と思ってみました・・・。
神宮外苑銀杏並木

 
下記に引用しました、神宮外苑に掲示されている解説にありますように、絵画館前の約 300mの銀杏並木は、『・・・樹高順に青山口より降り勾配に従って植えられております。絵画館を眺む見事な遠近法の活用です。』
この神宮外苑の銀杏並木を造苑に関わったのは、折下 吉延[おりした よしのぶ](1881 − 1966)博士と藤井 真透[ふじい ますき]博士(1889 - 1963)です。
折下吉延氏は"〜明治41年(1908)東京帝国大学農科大学農学科を卒業"、藤井真透氏は"〜大正 3年(1914)東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業"とあります。
一方、東京大学本郷キャンパスの、正門から大講堂(通称: 安田講堂)までの約 200mの銀杏並木は、明治38年(1905)には、濱尾新 第三代総長は『正門を入ったら万人自ら襟を正すような厳粛な雰囲気にしたい』との意向から、小石川植物園長(当時、おそらく松村 任三[まつむら じんぞう]博士)に命じて、周囲約 30cmの銀杏を移植させたそうです。そして濱尾第三代総長の意匠を汲み、(当時: 工科大学教授)伊東忠太博士が銀杏並木に至る正門を完成させたのが、明治45年(1912)です。
東大の銀杏並木もまた、明治神宮外苑銀杏並木に先んじ、奥行きを誇張するために正門手前より大講堂に向かい銀杏の木に高低をつけ、天に向かい円錐に刈り揃えられています。こうした技法が一般に知れ渡っていたのか、そうでないかは不明ですが、折下吉延・藤井真透両氏が東京帝國大学学生時代に、東大正門の銀杏並木造営を間近に見ていたことは確かなようです。

 
東大正門銀杏並木 


 東大の銀杏も先週末の雨で散り始め、安田講堂へ至る通りも黄金色の葉が敷き詰められています。
銀杏並木


 工学部 1号館前の大銀杏。
大銀杏


 正門から安田講堂へ至るメインストリートに、「銀杏」を選んだのは第 3代総長浜尾新だそうです。
銀杏並木


「桜など植えれば新学期早々、学生が浮かれてしまうから。」という理由からと言われています。


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