谷根千ウロウロでタグ「藪下通り」が付けられているもの
住宅街を闊歩している猫は多いですが、たいていは飼い猫で、飼い主を持たない野良猫(地域猫)は少ないと思います。
某児童公園の野良猫(地域猫)は、警戒心が強くて近寄れません。が、この日は私が食べていたアイスキャンディーがよっぽど気になるようで、精一杯勇気を出して近付いて来ては(それでも一定の距離からは動きませんし、こちらが動こうとすると、すぐにでも逃げる態勢に入ってしまいます)興味深そうに見上げていました。

藪下通り、日医大病院の塀に咲く"Y字"ヤマザクラの樹の下へすっぽりと入り、見上げてみますと、桜の花と葉が幾層にも重なり青空を覆っています。

その隙間を縫い、あちらこちらから木漏れ日が入り、スポットライトのようにいくつかの花々を照らしていました。

ここは藪下通り、根津うらもん坂へ出る少し手前、解剖坂のすぐ傍です。日医大(日本医科大学・附属病院)の塀際に、一本のヤマザクラがあります。

ヤマザクラは花と葉が同時に付くそうです。

日医大は、病院改築の際、この Y字に伸びるヤマザクラを遺した形でブロック塀を作りました。『救命は人のみにあらず。』と言ったところでしょうか。

通りすがりの年配ご夫婦が「この桜は、ここに猿が住んでいる頃からあるのよねえ。」と、二人で桜を見上げながら呟き、歩き去っていきました。それがご自分の若い頃の話なのか、昔話として聞かされたエピソードだったのかは、わかりません・・・。
「本郷図書館 鷗外記念室」(文京区立図書館)の庭にある"沙羅の木"が、先週末からポツリ、ポツリと白い花を付け、昨日今日と日増しに花を増やしています。
和名は夏椿。椿によく似た白い花を咲かせる。開花時期は 5月下旬から 6月。インド産の沙羅樹とは別種。

庭に面した壁に、永井荷風に書による森鷗外の詩『沙羅の木』の碑が飾られています。
沙羅の木褐色 の根府川石 に
白き花はたと落ちたり
ありとしも靑葉がくれに
見えざりしさらの木の花。
森林太郎先生 詩
昭和廿 三年六月
永井荷風 書
父鷗外森林太郎三十三回忌にあたり弟妹と計りて供養のためこの碑を建つ
昭和三十九年七月九日 嗣於菟
藪下通りに面した、緑に囲まれた無名の階段です。

元は、この上にあった炭問屋さんの入り口でしたが、現在は左右に並ぶ家を突っ切り、住宅街へ抜ける階段になりました。春から秋にかけて四季折々の花と緑が楽しめる階段ですが、晩春のこの時期、白いバラの香りが藪下通りへあふれて少し優雅な気分に浸ります。
「文京区立本郷図書館鴎外記念室」リニューアルオープンしました。

資料展示室は以前と変わらず、それほど広くはありません。写真・遺品・原稿・書簡・日記などの他に、映像資料と「観潮楼」を復元したミニチュア模型が展示されています。中庭は展示プレートなど取り付けられ、整備されました。少ないですが、ポストカードなど記念品も販売されています。今後は講演会や講座も随時開催されるようです。
藪下通りの汐見坂。団子坂上、鴎外記念室から日医大病院下を通って根津裏門坂へ抜けられます。途中に屋敷森、解剖坂があります。

藪下通り
本郷台地の上を通る中山道(国道 17号線)と下の根津谷(ねづだに)の道(不忍通り)の中間、つまり本郷台地の中腹に、根津神社裏門から駒込方面へ通ずる古くから自然に出来た脇道である。「藪下道(やぶしたみち)」とも呼ばれて親しまれている。
むかしは道幅も狭く、両側は笹藪で雪の日には、その重みで垂れ下がった笹に道をふさがれて歩けなかったという。この道は森鴎外の散歩道で、小説の中にも登場してくる。また、多くの文人がこの道を通って鴎外の観潮楼(かんちょうろう)を訪れた。
現在でも、ごく自然に開かれた道の面影を残している。団子坂上から上富士への区間は、いまは「本郷保健所通り」の呼び方が通り名となっている。
平成 7年 3月 文京区教育委員会
緑に溶け込んで見落としがちな「汐見坂」の碑。









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